2011年03月07日

自由と自立

私は車イス生活であるが、このところ自分で車イスを漕ぐようにしている。
すると、思った以上に行動の自由度が高まるのだった。

たとえば、ディサービスでご飯を食べた後、
今まではスタッフの人に声をかけてトイレに連れて行ってもらっていたのが、
車イスを自分で漕ぎ始めると、
それをスタッフが見止めて声を掛けてくれて手を貸してくれるのだ。
つまり、待ちの姿勢から始めの一歩を
自分で歩み出す自立の姿勢へ転換できたということなのだろう。
自分で歩くことができなければ自由と自立は手に入らないと思っていたが、
車イスを自分で動かすという些細なことを始めただけでも
予想以上の自由と自立が手に入ったという気分になったのであった。


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2011年02月10日

えにし屋経営塾開催にあたって

えにし屋はこれまで三十数年にわたって
全国各地でさまざまな経営塾を開催してきましたが、
幸いにして名古屋・岐阜・富山・会津・福島・札幌・沖縄などで
先進的な地域事業家や社会事業家を育て、
一部には地域の起業センター的な役割を担う所も出てきました。

ところが、足元の新潟においてはそのような動きが起きておらず、
この度各地の成功例に学び交流しながら
新潟においてもこれからの時代を担う事業家が育つことを願って
あらためて経営塾を開催するものです。

とくに、これから経営を担う若手経営者のご参加を期待しています。

※詳細につきましては後日ブログでお知らせ致します
posted by enishiya at 17:15| Comment(1) | TrackBack(0) | 義晴日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月31日

介護とは究極のサービス業である

介護という仕事は知れば知るほど高度で
キリのないほど奥の深い未開拓分野の仕事である。

身体的・心理的な介護はもちろん、
本人を含めた家族の生活自主のサポート、
これらの仕事は利用者の人生を丸ごと受け止め、
同じ目線に立って共に歩いて行こうとする
全人的な能力を要求される尊い仕事なのである。

ところが、一般的には介護は
老人や病人の身体的なお世話をする単純な労働と見られているようだ。
そこに介護する側とされる側の不幸があるのである。
介護する側はいつまでも仕事の価値が認められず給料が低いままであるし、
介護を受ける側は世話になるばかりでつねに遠慮し気兼ねをしており、
自分を存在価値のない厄介者と思いながら生きなければならないのである。

このような両者の不幸も、
「介護は究極のサービス業である」という認識が社会に広まれば
少しは解消するのではないかと思い、
このような文章を書いているのであるがどのようなものであろうか。
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2010年12月29日

住めば都

病院に2週間検査入院した。
普段の生活リズムとまったく異なり、
不自由で窮屈な病院の生活は辛く苦しいものであり、
一刻も早く逃げ出したい気分であった。

しかし、退院する頃になると、
看護師さんや介護士さん・リハビリの先生などとの豊かな人間関係ができ、
自分なりの生活リズムも身についてきて
退院するのが名残惜しいような気分になっていたのが
自分でも驚きでありおかしくもあった。

住めば都というのはこういうことを言うのだろうか。
人は人間関係があるかないかで
その場に愛着を感じなかったり感じたりするのだろう。

地域でも職場でも支えは人間関係だと再認識した入院体験であった。
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2010年07月28日

介護をする人 介護をされる人

私は脳内出血で倒れて四年になる。
今はその後遺症で半身マヒで車イス生活である。
大変不自由な生活であるが、雨の日も雪の日も妻が車イスを押してくれ、
私を介護してくれたおかげで仕事にも復帰でき、
妻には言葉には言い表わせないほどの感謝をしている。

しかし、朝から晩まで私の介護で心身をすり減らして
疲れていく妻を見ているのは大変辛いものである。
もしそれで彼女が病気にでもなったとしたらと思うとその辛さは一層大きくなり、
不安にもなるのである。

したがってつねに妻に気を使って生活するようになる。
彼女の心を沈ませないようにと言葉使いや用事の頼み方などに気を使うのである。
そうしてみると、介護をする人の辛さについては誰もが容易に想像がつくと思うが、
介護をされる人の辛さについてはその立場になってみないと分かるものではないと思うのだが
介護に携わっている人たちはそういうことについて想像してみることがあるのだろうか。
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2010年06月02日

2010企業未来塾in東京

日 程 2010年7月6日(火)13時30分〜17時30分
会 場 ラーニング スクエア新橋4階4-B
     港区新橋4-21-3 新橋東急ビル4階
参加費 1名 10,000円 (当日受付にてお支払い願います)


第1部・講話 「時代に流されない強い企業像」
 林 英臣氏
 (一般社団法人政経連合総研理事長 林塾「政治家天命講座」主宰)

第2部・パネルディスカッション
パネラー
 林 英臣氏
 川畑保夫氏(渇ォ縄教育出版 代表取締役社長)
 佐野富和氏(潟Gコネコル 代表取締役社長)
コメンテーター
 清水義晴氏(えにし屋 代表)

お問合せ・参加申込
株諮i堂 TEL 025-271-2600(営業部 宇野まで)
E-mail mirai@hakushindo.jp
http://www.hakushindo.jp/

●企業未来塾案内チラシ
2010企業未来塾東京リーフ.pdf

●参加申込書
2010企業未来塾申込書.pdf
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2010企業未来塾in新潟

時代に流されずに新しい道を切り開くために
 〜経営者としての本望を考え理念を確立する〜

日 程 2010年6月16日(水)13時30分〜17時30分(受付13時)
会 場 朱鷺メッセ3階 中会議室301
参加費 1名 5,000円

第1部・講話「時代に流されない強い企業像」
 林 英臣氏

第2部・パネルディスカッション「未来を語り理念を伝える」
 林 英臣氏
 川畑保夫氏(沖縄教育出版代表取締役社長)
 佐野富一氏(エコネコル代表取締役社長)
 鈴木 勲氏(ら・さんた・ランド代表取締役)

 コーディネーター 柴田光榮氏
 コメンテーター  清水義晴氏

お問合せ・参加申込
株諮i堂 TEL 025-271-2600(営業部 宇野まで)
E-mail mirai@hakushindo.jp
http://www.hakushindo.jp/

●企業未来塾案内チラシ
2010企業未来塾新潟リーフ.pdf

●参加申込書
2010企業未来塾申込書.pdf
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第一回日本型ファシリテーター養成講座

5月21日22日と点塾で日本型ファシリテーター養成講座の第一回講座を開催した。
北は仙台から南は沖縄まで30名以上の人が集まり、
実りある交流の中で深い学びと気づきが得られた講座であった。

日本型ファシリテーターとは、
教えない、仕切らない、まとめない人であると思っているが、
それは言葉を変えれば、場に任せ、場を信じ、場にゆだね、
場がファシリテートするような場をつくる人だとも言えようか。
そのためには、ファシリテーターはひたすら場の鏡になるようにつとめ、
場を構成するメンバーが自ら気づき
自発的に発言したり行動するような場になるように
心を配ることが大切だという結論が二日間の講座から導き出されたのであった。
それは私にとっても納得できるファシリテーターの奥義のようなものであった。
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2009年09月25日

上司としての対処の仕方

職場でミスが起こった時の上司の部下に対する対処の仕方であるが、
始末書をとるとか、減棒に処するとかいろいろあるが、
まずは、誠意を持って事後処理をすることが第一であり、
次にミスを責めるよりはミスは誰にでもあることであり、
これからも起こり得ることであることを教え、
そのような時、職員同士助け合い補い合うよう促すことが大切である。
ミスをした人はもちろん職場全体が萎縮してしまわないよう、
このような時こそリーダーは前向きな発言をして職場の士気を高めなくてはならないのである。
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2009年09月24日

好循環

私は人に気兼ねや遠慮をする性質である。
だから、病院でも家でもディサービスに来ても
人に用事を頼むのが苦手でついつい我慢をしてしまう。
とくに辛いのがトイレの用や体に痒みがある時だ。
看護士さんもヘルパーさんも遠慮しないで頼みなさいと言ってくれるのだが、
性質だからなかなかそうはいかないのである。
病人の苦しみはこんなところにもあると言えよう。
ところが、最近わりと気軽にディサービスのスタッフに用を頼めるようになってきた。
ひとつは、日頃の人間関係ができてきたからであり、
ひとつは、私が我慢していても誰も喜ばないと悟ったからである。
むしろ気軽に頼んだ方が私も嬉しいし、スタッフも気楽だし、
私をディサービスに送る妻も気が楽になるという好循環が生まれるのだった。
これも「降りてゆく生き方」の一歩と言っていいのだろうか。
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